「私の履歴書」

今月の日経新聞「私の履歴書」は、ドラッカーである。

まだ始まったばかりなのだが、「幼少の頃」というのが第一次大戦当時というのは、なかなかすごい。確か95歳のはずだから、20世紀をほとんど生きてきたということか。

オーストリア=ハンガリー帝国時代のウィーンに生まれたドラッカーだが、今朝の稿では、ドラッカーの父親が、第一次大戦後に、ザルツブルグ音楽祭の創設に携わったことが書かれている。まさに歴史の生き証人というところである。

今後の展開が楽しみだが、新聞はいつも読み終えると処分してしまうので、後で読み返したくなった時に困る。日経のサイトには公開されていないし、かと言って毎日切り抜くのも面倒だしなぁ。いずれ単行本になるだろうから、その時に再読することになろうか。

さて、ドラッカーの「私の履歴書」を読み終え、そのまま目を下に移動させると、渡辺淳一先生が朝っぱらから濃厚な描写にいそしんでおられる(笑) なんつーか、結構シュールな紙面構成かもしれない。

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アントニオ・ガデス

アントニオ・ガデスが死去していたことを、昨日(9月13日)の朝日新聞夕刊でようやく知った。7月20日、がんにより死去。享年67歳。

僕は、アントニオ・ガデス舞踏団の来日公演に、一度だけだが出かけている。

ええっと、どういう順序だっけな。「スーパーギタートリオでぶっとぶ」→「特にパコ・デ・ルシアにシビれる」→「そのパコがちょこっと出演している、カルロス・サウラの「カルメン」を観に行く」→「今度は映画に出てきたアントニオ・ガデスにシビれる」→「その後、舞踏団が来日したので、公演を観に行く」・・・だったような気がする。うぅ、もう20年も前のことだ。

舞台で観た舞踏団のフラメンコは、とにかくカッコ良かった。舞台の床を踏みならす音が、腹の底まで響いて来る感じだったのを鮮明に覚えている。

遅ればせながら、映画「カルメン」のビデオでも観ながら、ガデスを追悼しよう。

追記:「未来検索」で検索してみたら、たくさんの記事が見つかった。彼を愛する人々はたくさんいたのだなぁ、と改めて感じ入った。合掌。

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