引っ越した

先日自宅を引っ越した。

独身の間は実家住まいだったのだが、結婚して以来、ちょっとだけ海外にいた頃も含めると、通算6度目の引っ越しである。今回は分不相応に家など建ててしまったので、恐らくはここが終の棲家になる予定・・・というか、そうなってくれなくちゃ困る(^_^;)

引っ越してから既に3週間近く経つが、まだまだ段ボール箱は残っているし、片付けは道半ばといったところ。それでも住んでいればなんとなく落ち着いてくるもので、今は週末毎に場所を決めて片付けという名のモノ隠しをやっている状況である。

もともとの実家近くに引っ越してきたのではあるが、なんせ地元を離れて20年以上経ってからの出戻りなので、生活感というか昔の土地勘がまるで役に立たない。文字通り新参者気分といえる。

当blogはほとんど放置状態だったのだが、これを機に自分用備忘メモを兼ねて、家のことやら土地のことなど、雑多に記録していこうと思う。

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あれから一年

東日本大震災から今日で一年が経った。

テレビは終日特別編成だったが、定時のニュース以外はほとんどどの番組も見なかった。

一年が経ってみて、「あの日」からいろんなことが変わったような気がすると同時に、ほとんど何も変わっていないような気もする。もちろん、直接被災していない立場だから言えることなのだろうとは思うが。

確実に言えるのは、あの日からいろんなことが「わからなくなってしまった」ことだろうと思う。公式に発表された内容が後に否定されたり、いろんな意見が即座に「ウソだ」「間違ってる」と批判され、異なるスタンスの人々がお互いに罵倒し合う状況において、我々は(自分は)何を信じればいいのだろう?

震災からしばらくの期間、会社を経営する立場において改めて痛感したのは「決める」ことの重要性と難しさである。それに加えて、「決める」ための材料を選び取ることさえもが、ここまで難しくなるなんて・・・

この大災害を奇貨として、自分は「自分の頭で考えて、取るべき行動を選ぶ(決める)」ことができるようになれるのだろうか。いや、少なくとも、そういう姿勢だけは持ち続けなければなるまい。いつか起こる次の災害が、少なくとも「人災」とならないために。あるいは被災を未然に防ぐために。

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地震のこと:14日の月曜日

14日の朝は、乗って帰ってきた会社の車で出勤。道路状況がまるで予測できなかったので、思い切って朝4時に家を出た。この時間帯にしては交通量が多かったが、それでも普段とほとんど変わらず2時間弱で会社付近に到着してしまった。6時では会社に入れないので、近くのマクドナルドへ移動。24時間営業のはずだったのだが、前の晩は21時に閉店して、この日の朝は6時半開店とのこと。車の中で時間を潰してから、開店と同時に入店し、朝食を食べつつノートPCで地震情報をチェック。とはいえ情報が多すぎて、とても消化しきれない。

8時前に会社に入り、始業時間に社員全員を集めて当面の対応について説明。その後改めて被害状況を確認したが、特に見落としていた箇所もなかったので、その後は自分の事務エリアで倒れた書類棚と散乱した資料類を整理した。

前日のうちに計画停電の可能性について発表があったのだが、グループ分けは曖昧で、会社のあるあたりは複数のグループに表記されていた。(同様のところは多かったと思う) 結局この日の停電は回避されたのだが、定時ぴったりには業務を終了させ、全員一斉に退社。帰りの電車は間引き運転と早めの帰宅で混雑はしたが、なんとか普段の5割増しぐらいの所要時間で帰宅できた。

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とりあえず、地震直後の混乱について記憶を頼りに書き留めておいた。今日現在で既に震災から一ヶ月以上経っているので、これ以降は、過去一ヶ月を振り返りつつ、記録しておきたいことだけを記すことにする。

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地震のこと:その週末

家内が起きて待っていてくれたのだが、聞けば下の子の友達が泊まっているとのこと。その子のご両親が二人とも都内で帰宅難民になってしまったため、うちで一晩預かることになったのだという。

疲れてはいたがとにかくさっと風呂を浴びてから、ようやくテレビで被害の映像を目にしたのだが、とても現実のものとは思えなかった。同じ内容のニュースを違う局で確かめながら、結局寝たのは3時近くだったろうか。

翌12日の朝は7時過ぎに起き、近くのベーカリーに朝食のパンを買いに行った。この時にはスーパーでのパンの品切れ状況を知らなかったのだが、結果としてここで買っておいたのは正解だった。家内と先に朝食を済ませ、遅れて起きてきた子ども達にパンを食べさせる。しばらくして、泊まっていた子のお父さんから連絡があり、朝方ようやく帰れたとのことで、ほどなく迎えにやってきた。

その後はほとんど家にいたのだが、とにかく何をするでもなくずっとテレビを見続け、平行してネットをうろつきながら、ひたすら震災に関する書き込みやつぶやきを漁り続けた。

記憶が定かでは無いのだが、震災翌日のこの日時点で、死者・行方不明者の総数は3千人前後だったろうか。正直に書くと、この規模の災害でこの程度の人的被害とは、さすがに日本ならではだと思ったのだった。福島原発の被災ももちろんニュースになっていたが、地震発生時点で停止したのであれば、こちらもそれほどの被害は起こるまいと思っていた。(そしてどちらの「楽観」も、日を追うごとにただの「楽観」だと明らかになる)

結局テレビを見続けたまま一日が終わってしまった。早めにベッドにもぐりこんだものの、夜中から朝方にかけて、何度か携帯の緊急地震速報で起こされ、あまり寝た気がせずに次の日になってしまった。

翌13日の日曜日は特に予定も無かったのだが、どうやらいろいろなモノが売り切れつつあるらしいとのママさん情報があったので、手分けして調査&買い物。僕は乗って帰った社有車のガソリン残量が心もとなかったので、近所のスタンドを何軒か回って、なんとか一軒の給油待ち列の最後尾に並び、30分ほど待って給油。ここでは一律3000円(およそ21リッター)での販売となっていた。

給油を済ませてから家内と合流したが、聞けば近隣のスーパーではパンや米、カップ麺類が売り切れとのこと。自宅での備蓄はそれほど心配なかったのだが、念のため少し離れた大型スーパーに出かけてみたところ、やはり同様の状況だった。不要不急の物品を慌てて買う必要は無い、と頭では分かっていても、現実にスーパーの棚ががら空きになっているのを見ると、何とも言えない不安感に襲われる。(もっとも、いくら不安でも、この日は買う物が無かったわけだが)

夕方からは家でずっとテレビ&ネット。計画停電の発表もあったが、具体的にどうなるのかは良くわからないまま。各所を襲った津波の映像が繰り返し流され、文字通りガレキの山と化した被災地の様子にただただ心を痛めつけられる。

翌日は早起きしなくてはならなかったので、無理矢理早寝することにした。

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地震のこと:その日

地震が起きたとき、僕は職場にいた。窓の側にある自分の机で書類をいじっていた時、閉じてあるその窓の外から強く吹く風の音が聞こえてきたので、そんなに風が強かったっけ・・・と立ち上がって窓を開けた時、揺れが始まった。

振り向いてフロアを見渡すと、あちらこちらにいる社員が皆、揺れているのを確かめるように周囲を見回している。揺れはいっこうに治まらないどころか次第に強くなっていき、いつしか自分が今まで経験したことの無いほどのものに変わっていた。僕の机の脇にあるスチール棚が倒れ、次に机上の液晶ディスプレイが倒れて落ちるのを見ながら、僕はまったく動けなかった。

たっぷり3分以上はたったと思う頃、ようやく揺れが治まった。社内サーバーに接続してあるUPSがアラーム音を発していることで、会社が停電したことに気づいた。近くにいた工場長に声をかけ、とりあえず社員を屋外に退避させると同時に、重大な損傷がないかどうかを手分けして確認した。倒れたり傾いたりしたスチール家具がいくつか、階段の踊り場に飾ってあった鉢植えが落ちて割れたり、あるいは食堂の食器棚の扉が開いてしまい、グラス類がいくつか割れてしまったりしたが、建屋や設備機器・工具類への損傷は見当たらなかった。

外で待機している間にも、余震が何度か襲ってきた。社員達は携帯のワンセグや、駐車場の自車のラジオなどでそれぞれニュースを確認していて、それで今回の地震が主に東北地方を襲ったものだと知った。

何人かの社員が周囲を確認してきたところ、停電したのは会社だけではなくあたり一帯の模様で、信号も消えているらしい。仕事を続けられる状況では無かったので、3時半過ぎから順次社員を帰すことにした。

本当なら僕は電車通勤なのだが、JRは全面的にストップしていて再開のメドが立たないらしいので、会社の車を借りて帰宅することにした。

交差点には警官が出て交通誘導を行っていた。それに従って幹線道路に入りはしたが、そこから先がほとんど進まない。ほんの数百メートル進むのに一時間かかるようなペースだったのだが、どの車も無理な追い越しも割り込みもせず、異様なほどのおとなしさで運転していた

会社を出たのが夕方5時半で、距離的におよそ半分ぐらいのところにあったコンビニで休憩したのが10時半。普段なら混んでいても1時間ちょっとで来るところだ。何かしら食べようと思ったのだが、おにぎり類もパン類も全滅。仕方なくお茶のペットボトルにスナック菓子、それに売れ残っていたあんまん(肉まんは売り切れていたので)を買って、残り半分の行程へ。ようやく家にたどり着いたのは夜中の1時半だった。

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地震のこと:はじめに

W杯南アフリカ大会決勝の後にレッズのことをちょこっと書いてからは完全放置状態だった当blogであったが、Jリーグの2011年シーズンも開幕したし、ホーム初戦あたりから復帰しようかな・・・と思っていた矢先の「東北関東大震災」発生であった。

震災のあまりの規模と悲惨さ、そしてその後の原発事故と計画停電。数日おきに品目が変わる品不足。ガソリン、パン、米、カップ麺、牛乳、水・・・ 「何かを書き残したい」という気持ちを感じつつ、いったいどのタイミングで何を書けばいいのかわからないまま、「3.11」からあっという間に2週間以上が過ぎ去ってしまった。

直接的に被災したわけでもない自分が何か書き残したからといって、誰の何の役に立つわけではないのだが、自分自身の精神のバランスを保つためだけに、あの日からのことどもを書き留めておきたい、とようやく気持ちがまとまったところである。

以下、いくつかのエントリーはすべて自分のためのメモなので、どうかご容赦願いたい。

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感染家族

事の起こりは1月20日頃のこと。ある晩帰宅すると、下の娘(小二)が夕方から熱出して寝込んでいるという。あっという間に39度を超える派手な発熱具合から考えて、どうやらインフルエンザらしい。かかりつけの医院は翌日休診日だったので、中一日おいて診てもらったところ、やはりインフルエンザとのこと。12月に予防接種は済ませてあったのだが、それでも100%の予防にはならないとのこと。意味ねぇ~。

でまあ、恐らくは家族の誰かにうつるだろうということで、家族内で唯一予防接種を受けていない僕が最も感染可能性が高かったわけである。ところが娘の熱も下がって無事治癒証明(これがないと学校行けないらしい)ももらったのだが、その時点でまだ誰も感染しない。これで家族内パンデミックは逃れた…と安心した三日後に、予想通り僕が発熱したのであった(泣)

発熱初日はやっぱり39度ぐらいまで熱が出て、それから丸三日寝込んでしまった。その後いったん回復したかに見えたので、どうしても片付けなきゃいけない仕事のために二日ほど時短出勤したのだが、結局再発熱となってもう二日ほど寝込んでしまった。

医者に行ったら、おそらく「Aソ連型」とのことで、このところ話題の「リレンザ」を処方された。しかしあれ、飲みにくいというか吸いにくいというか、薬の服用感に乏しいのがメンタル的に効果を削いでいる気がしないでもない。

てなわけで、1月の最後の週はほとんど寝て過ごしてしまったのであった。寝てる間に音楽聴いて本読んで、などとちらりとも思えなかったあたり、インフルエンザの威力というべきであろうか。いやほんと、なんかする気力が湧かないんだもの。

インフルエンザ、今月中旬ぐらいまでは流行期間なんだそうである。皆様もどうぞご注意を。

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謹賀新年

あけましておめでとうございます。

いやあ、元旦にちゃんとblogが更新できるなんて、何年ぶりだろう?…っていうか、もしかして初めて??

てなわけで、実に珍しく元旦の夜に自宅で静かな時間を過ごしているのである。と言いつつ、録り溜めたテレビ番組や映画は見たいし、本は読みたいし、音楽は聴きたいし…とあれこれ迷った挙げ句、どういうわけかパソコンに向かっているのであった。

前の記事に書いた2009年の心構えに付け加えると、座右の銘である「悠々として急げ」をことさら肝に銘じ、自分自身のバージョンアップを図りたい。

どうぞ今年も宜しくお願いします。

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行ってしまう年、来てしまう年

うう、それにしても怒濤の師走であった(疲) blog更新どころか、簡単なメールに返信するのもやっとこさの状態のまま、気がつけばもう今年も残すところあと1時間ちょっとである。というわけで、今年も紅白を消極的に眺めつつ、一年を終えつつある。

今にして振り返れば、いろいろと出来事の多い一年ではあった。海よりも深く反省すべきこともあったし、どかんと立場が変わったこともあった。まとめて言えば、人生というか、時間の不可逆性を思い知らされた一年だったということになろうか。思い切り意味不明ではあるが。

一時間ちょっと後に始まる2009年は、恐らくはかつてない厳しい年になりそうではあるが、さて、どうなることか。飯島和一作品の登場人物に見習い、おのれがすべきことを実直にこなすことを心がけたいものである。

みなさま、どうぞ良いお年を。

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夏の終わり、秋の始まり

ある取引先に、朝イチのアポで出かけた。

初めて行くところだったので、時間に余裕を見て行ったら、約束の20分ほど前に到着してしまった。どこかで時間調整しようと周囲を見渡すと、その会社の裏側に土手らしきものが見えたので、そちらに行ってみた。

土手の階段を上ると、目の前に広がったのは良くある川の風景。鈍色の川面に、河川敷のグラウンド。僕は河川敷に降りる階段に腰掛けて、そこで時間を潰すことにした。目に入るのは、ランニング姿で体操している初老の男性に、犬を散歩させているご婦人、土手上の遊歩道をジョギングする若い女性。

まだ夏は終わっていないとでも言いたげに日光は強く降り注ぎ、川が近いせいかあたりの空気も湿っている。それでも、ずっと吹いている風はひんやりとしていて、既に季節は秋なのだと主張している。そうやってぼんやり座っていると、頭に次々といろいろなメロディーが浮かんでくるので、小さな声で歌ったりハミングしたり… 

ふと腕時計を見ると、既に約束の時間になっていた。僕は立ち上がってズボンの尻をはたき、もう一度土手からの風景を見渡してから、目的の会社に向かった。

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