「スラムドッグ$ミリオネア」~ビター・マサラムービー

スラムドッグ$ミリオネア」(ダニー・ボイル監督、TOHOシネマズ・シャンテ)

本年度のアカデミー賞で作品賞と監督賞以下計8部門を受賞した本作であるが、先日出かけた平日夜の回は思いがけずガラガラであった。確かに面白かったのではあるが、微妙に人に薦めにくい映画かもしれない。

(で、例によって以下ネタバレはしないが、未見の方は読まないほうが吉のような気がするのでご留意を)
 
 
 
世の中にいわゆる「クイズ番組」は星の数ほどあるが、やはり王道は複数回答者による早押しクイズか、あるいは一人の回答者がひたすら答え続けるタイプだろう。後者の番組スタイルで、どこまでも正解を答え続ける青年がいた。彼は高学歴の秀才でもなければ、あらゆる教養に触れるような上流階級の人間でもなく、スラム出身のお茶汲み係であった。どうしてこんな「スラムの負け犬(スラムドッグ)」が、いくつもの難問に正答していけるのか?

クイズ番組で正解を答え続ける模様と、彼の生い立ちが交互に描かれていくのだが、あまりに過酷なその少年時代に圧倒される。金などとは無縁なはずのスラムの少年達が、その貧困と無知の故に下劣な大人達に搾取されるエピソードには、目を背けたくなる思いがした。

そしてその過酷な生い立ちそのものが、クイズ番組で正解を選び続ける原動力になっているのが映画のキモだろう。複雑な場面転換を繰り返しつつ、細かいカット割りと不安定に傾いた構図が、決して技巧的に過ぎずに、映画全体に不思議なスピード感と力強さを与えている。

結末はもちろん見てのお楽しみだが、僕はあれでいいと思う。だってこれは、すさまじくビターなおとぎ話だと思うから。あと、エンディングを楽しむためには、「ムトゥ 踊るマハラジャ」あたりのかつて流行った「マサラ・ムービー」を見ておくと大吉である。(★★★★)

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「ツレがウツになりまして。」

NHKの金曜ドラマ「ツレがウツになりまして。」の第一回を見てみた。

原作を読んでないから良くわからないんだが、藤原紀香演じる妻の、夫に対する「ツレ~」という呼び方に違和感を覚えつつも、ドラマ全体としてはとてもしっかりと丁寧に作られていて、残りの二週分も見ようと決めたのであった。

とまあ、そんなことはどうでもいいんだが、第一回の冒頭に吉松隆「プレイアデス舞曲集」の一曲が流れてきた。全編吉松隆の音楽なのかと思ったら、そんなことはなくて冒頭の「5月の夢の歌」とあともう一曲が流れたのみだったのだが、とりあえず冒頭の選曲はナイスだなぁと思っていた。

で、後日その吉松隆のblog「八分音符の憂鬱」を巡回したところ、ちょうど「ツレがウツになりまして。」の記事が! 自分の曲が使われるとは本人も知らなかったようで、プチシンクロニシティみたいな顛末が語られていた。

この話にはおまけがあって、その後原作の「ツレ」さんから吉松隆にメールがあったそうで、これらの選曲は「ツレ」さんからのリクエストだったとのこと。ドラマの中で「ツレ」役の原田泰造が片付けてるCDの中に、「プレイアデス舞曲集」のCDも混じっていたそうだ。

僕自身は何にも関わってないんだが、思わぬ形でドラマの楽屋話を目にすることとなった。なんか得した気分である(やや違)

ちなみに、「5月の夢の歌」が入っているのはこのCD↓

吉松 隆 : プレイアデス舞曲集 2

第1集」と並んで、気が遠くなるほどに美しいアルバムである。

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「グラン・トリノ」~思い出のアルバム

グラン・トリノ」(クリント・イーストウッド監督、5月1日 MOVIX三郷)

連休合間の映画の日、運良く休みとなったので、朝イチの回で鑑賞してきた。朝から映画って、贅沢なような、逆に少々貧乏臭いような、微妙な気分である。

※以下、ネタバレはしないけれど、これから鑑賞予定の方はできるだけ事前情報が少ない方が圧倒的に吉である。ご留意を。


このところほぼ毎年のようにイーストウッド監督作品が製作・配給されてるような気がしていて、事実ほぼその通りなんであるが、出演作としては「ミリオン・ダラー・ベイビー」以来となるらしい。そういう意味では、まさに「満を持して」というか、自らが納得のいく役柄での出演ということなんだろう。

とにかくイーストウッドの「偏屈じいさん」ぶりがすごい。このキャラクターで連続のテレビシリーズ作ってもいいんじゃないかと思えるほど、キャラが立っている。もちろんそれは、本作の主人公であるところの「ウォルトじいさん」の造形が見事なのと同時に、僕も含めた多くの観客が「(ダーティー)ハリーじいさん」を見ているからでもある。そらあんた、現役時代のハリー・キャラハンを知ってたら、あんまり近くに寄りたいなんて思わないでしょうよ。

がしかし、時は過ぎ去り、今や「ダーティー・ハリー」を知っている若者なぞ見あたらなくなってしまった。ましてやそれがアジア系の移民ティーンズであれば尚更だ。そして「ハリー」を知らない若造共には、「これ以上俺の友人に近づいたら、ただじゃおかないぞ」という脅しはまるで通用しない。彼らの辞書(持っているとして)には「リスペクト」という言葉すら無いに違いない。

自分が信じ、大切にしてきたものを受け継がせる次世代が見当たらないことに思い至った時、「ウォルト=ハリー」は彼自身も思ってもいなかったであろう決着を選び、同じく考えてもいなかった「世代」を後継者に選んだ。その選択の是非がわかるのは、恐らく10年、20年経った頃だろう。

イーストウッドがいろんな思いを込めて作り始めた自らの「思い出のアルバム」……、エンディングに流れる渋く朴訥とした彼自身の歌声を聴きながら、そんなことを考えた。このアルバム作り、まだあと何冊か作られそうな気がするし、そうであって欲しい。(★★★★☆)

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「おくりびと」

おくりびと」(10月31日、MOVIXさいたま

目の前に体がある。いわゆる「死体」である。家族ならともかく、見ず知らずの「死体」にあなたは手を触れられるだろうか? ましてや顔を撫で、体を抱きかかえ、手を握るなど? たとえそれが「仕事」であっても、だ。

しかしそういう「仕事」は確かにある。我々が近寄りたがらず、目をそむけたくなることでも、誰かがその「仕事」をやらなければならない。そしてその種の仕事でも、いや、その種の仕事だからこそ、高い技術と志に裏付けられた「美しさ」や「高貴さ」が見いだされるのだろう。

思いがけない経緯から「納棺師」になってしまった主人公(本木雅弘)が、とまどいながらもいつしかその仕事をしっかりと「自分の職業」として習得していく過程は、悲惨さよりも可笑しさに溢れている。彼が仕事の腕を上げていくにつれ、なんでもない場面でもつい目頭が熱くなってしまう。それはつまり、しょせんは他人事でしかない「他人の死」が、実はどこかで自分と自分の大切な人たちの死とつながっていることに気づかされるからだと思う。

「好きを仕事に」なんて、誰が言い出したのだろう? 「好きを仕事」などと言っていて、誰がこんな仕事を選ぶというのか。どんな仕事に巡り会っても、まずはそこで最善を尽くすこと。そしてそれが「自分の職業」だと思えるなら、それでいいではないか。この映画は、「職業に貴賎は無い」という言葉の本当の意味を気づかせてくれる。

すでにあちこちで絶賛されているが、モックンの所作が本当に美しい。まるで音のない舞を見ているようだ。これだけでもこの映画を見る価値があるだろう。笑って泣いて、気持ちよく映画館を出られる。とても素敵な一本だ(★★★★☆)

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「ノーカントリー」

ノーカントリー」(4月18日、MOVIXさいたま)

先日のアカデミー賞で作品賞を始めとした4部門を受賞。ぼちぼちロードショー期間も終わりであって、劇場にて10人ほどの観客の一人として鑑賞。関係ないけど、こんなんで大丈夫か、最近のシネコン?

コーエン兄弟の監督作って、実は「レディ・キラーズ」ぐらいしか見たことがなくて、出世作の「ファーゴ」も未見というだらしなさ。それはともかく、例によってできるだけ予備知識なしで劇場に出かけたのだが、うわー、なんじゃこりゃ(愕然) (以下、ネタバレはしないけど、未見の方はとりあえず見てから読むのをオススメしておく)


一見単純なストーリーながら、あちこちに説明の欠落があるために、見ているこちらが終始頭を使わせられるという脚本。これを巧みというのか、あざといというのか。淡々とした語り口から、突然テンポを落としたシーンの、まさに息詰まるほどの緊張感。陰惨な殺しのシーンが続く中に、ふっと漂う歪んだユーモアの香り。そして予想外にして暴力的なまでの結末の放り投げ方。いやー、こいつは参った。こんな映画が作れるとは思いもよらなんだ。

映画的には確かに画期的というか、「傑作」の部類に入る作品だとは思う。だがしかし、少なくとも心楽しい映画ではないし、あまりに乾きすぎてはいないか。同じように暴力を描いていても、例えばタランティーノの作品がどこかで映画的エンターテインメントを意識していて、それが「潤い」というか「救い」みたいなものをもたらしているのと対照的に思う。

それにしても、本作で助演男優賞受賞のハビエル・バルデム演じる殺人鬼が凄すぎる。演技も物凄いが、それ以前にこのキャラクター造形が強烈至極。何が怖いって、いわゆるサイコパスとかシリアルキラーみたいに、殺人そのものに倒錯的快楽を覚えるのではなく、ごくごく単純に「邪魔だから」人を殺していく姿が恐ろしいんである。そういう殺人者をアメリカは生み落としてしまった。そしてそういう国には、もう古き佳き時代を知る老人の住む場所は残っていない。それがすなわち原題の「No Country for Old Men」である。

映画の舞台となったのは1980年のテキサス。それから27年後、アメリカは、そして世界はどう変わったというのだろう。映画を見終えて、排除と不寛容の論理は、今や世界中に蔓延しているような気がしてきた。何から何まで強烈な一本(★★★★☆)

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「アメリカン・ギャングスター」

アメリカン・ギャングスター」(3月7日、日劇PLEX)

リドリー・スコットとラッセル・クロウの組み合わせといえば「グラディエーター」だから、こちらの「アメリカン・ギャングスター」も見ておこうとお出かけ。

そのラッセル・クロウのお相手はデンゼル・ワシントン。方やマフィアのボスで、方やそのボスを追い詰める刑事なわけだが、雑誌やネットで映画の紹介文を目にするまでは、どっちがどっちの役をやるのか、正直見当がつかなかった(汗)

でまあ、結局のところデンゼル・ワシントンが冷酷なマフィアのボス役なわけだが、いやー、これは無理だ、いくらなんでも。演技は「悪辣、冷酷」でも、どうしたって「善人オーラ」がしみ出してきちゃうものね。いや、まあキャスティングの気持ちは分かるんである。劇中で描かれているのは、紛れもなく黒人の地位向上のための闘いだからだ。この映画では、その舞台がアメリカの裏社会だというだけだ。

劇中、デンゼル・ワシントンを追い詰めたラッセル・クロウが語っている。「イタリアン・マフィアの連中が何故お前を恐れたか分かるか。お前に「進歩」を見たからだ」

とまあ、そんなテーマを(勝手に)読み取るのはともかく、映画としてはいささか凡庸である。知っててやってるんだろうとは思うが、従前のマフィア映画からの引用めいたシーンも多いし、やはり少々オリジナリティに欠ける感は否めない。脚本も演出も、あれこれ考えすぎてしまったような気がする。残念賞(★★★)

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「ナイトミュージアム」~お気楽春休みムービー

ナイトミュージアム」(ショーン・レヴィ監督、3月9日 TOHOシネマズ流山おおたかの森、試写会)

ここ数年、あちこちで次々にオープンしているシネコンだが、生活圏内にまたひとつ新たに「TOHOシネマズ流山おおたかの森」が完成。正式オープンは3月12日だそうだが、それに先だってのプレオープン企画の試写会が当たったので、いそいそと出かけてきた。

シネコン自体はどこも似たようなものだが、とにかく設備がいいのには感心する。こちらも背の高いハイバックシートに余裕の足元で、居心地は大変よろしい。さすがにまだ不慣れなスタッフもいるようではあったが、全体としては大過なし。

さて肝心の映画だが、えーと「ジュマンジ」や「ザスーラ」みたいな、フィクションがリアル世界に現れちゃった、というお話。観る前からなんとなく内容の見当はつくようなものだが、それはそれで、安心して楽しめた。全編を通しての、主人公のベン・スティラー(良く知らない)の芸達者振りが面白い。歴史ネタの他にも、いろいろと小ネタが散りばめられていて、気楽に楽しんで観ていられる。終盤、やや羽目を外し過ぎな気もしないでもないが、まあ、ファミリームービーとしては許容範囲だろう。

大御所ディック・ヴァン・ダイクが先輩警備員役で出演しているが、白髪の老人となった今も、かつてと同じいたずらっぽい笑顔での演技が素晴らしい。あんなふうに歳を取りたいもんである。どうせなら「チキチキバンバン」あたりを元ネタに、セルフ・パロディーでもやらせて欲しかったところだ。

とにかく気軽に楽しめる、春休み向けの楽しい一本。突っ込みどころは山ほどあるが、こういう映画に、あれこれ文句つけちゃいけません(笑)(★★★★)

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「それでもボクはやってない」~冤罪エンターテインメント(なわけない)

それでもボクはやってない」(周防正行監督、3月2日 MOVIXさいたま)

周防正行監督久々の新作であるが、どういうわけか巷の評判があまり聞こえてこない。微妙な不安を抱きつつ出かけてみたのだが、いろんな意味で予想を裏切る出来映えであった。

ストーリーは既に周知されている通り、至って単純。主人公の加瀬亮が痴漢に間違われるところから、警察での取り調べ、本人の否認、留置所での拘置、検察取り調べ、以下あれやこれや(順不同)で、起訴、裁判、判決と話は進む。ふぅ。周防監督らしく軽妙なタッチで拘留生活が描かれたりするあたりは、まだクスリと笑いながら見ていられるのだが、起訴から裁判へと話が進むにつれ、映画はどんどんドキュメンタリー色を強め、エンターテインメント性は希薄となっていく。エンディングに至っては、カタルシス皆無。驚いた。

恐らくこの映画には、監督自身が抱いた日本の司法制度への興味が、疑問から驚き、そして最後は怒りに変わっていく過程が、そのまま反映されているのだろう。そのせいか、映画としての方向性がイマイチ定まらないのが惜しい。が、これはこれで仕方ないのかもしれない。

「瓜田に沓を納れず李下に冠を正さず」という教訓の切実さが、とことん身に沁みる。大変な労作にして、深刻な問題提起の作である。まさしく文字通りの問題作。(★★★★☆)

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「ディパーテッド」~頑張れ、スコセッシ!

ディパーテッド」(マーティン・スコセッシ監督、2月1日 MOVIXさいたま)

この「ディパーテッド」は、予告を観た時に、どう考えてもつまらなそうな印象しか受けなかったのだが、スコセッシ=ディカプリオコンビの前作「アビエーター」が個人的にはなかなか好みの映画であったので、思い切って出かけてみた。

……惨敗でした。(で、以下ネタバレ気味だよん)
 
 
 
 
本作の下敷きとなった「インファナル・アフェア」を観ていないので、それとの比較とか関連についてはまったく分からないのだが、警察とマフィアがお互いにネズミを潜入させ合うという基本アイディアはいいとして、そのサスペンスの描き方が、なんとも物足りない。

恐らくは、個々のエピソードに深みが無くて印象に残らないために、映画全体が冗長な感じになってしまったような気がする。3時間余の長尺をほとんど飽きさせなかった「アビエーター」の演出とは、エライ違いである。終盤の展開は確かに意外性があってやや盛り上がるが、その後の決着の付け方がなんだか無理やりっぽい。そもそもあれじゃ、警察とマフィアが最初から全面戦争するのと、結果において変わらない気がするのだが。

ふと思ったのだが、あの構図だと、マフィア側が圧倒的に有利な気がする。だって、怪しい奴がいたら、とりあえず消しちゃえばいいんだもん(笑) まあ、それ故潜入捜査が成功した時の果実は大きいのだろうけれど。その分、マフィアが警察に潜入しても、得られるものはそれほど大きくないような気がする。ここは主要な捜査員を買収するほうが確実かと←おいおい

スコセッシのシャープな演出には感心したし、ジャック・ニコルソンの悪役振りや、警察側の豪華キャスト(マーク・ウォールバーグ、アレック・ボールドウィン、マーチン・シーン)など、見所は多いのだが、全体としてはとにかくぱっとしない。きっと興行的にもぱっとしないだろうなぁ…と想像しつつ、頑張れ、スコセッシ!と応援しておく。(★★★)

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「エラゴン 遺志を継ぐ者」~燃えよ、ドラゴン

エラゴン」(シュテファン・ファンマイアー監督、1月3日 MOVIX柏の葉)

2006年12月にオープンした「ららぽーと柏の葉」内に同じく新設されたMOVIXへと出かけてみた。冬休み中ゆえ、混雑しているといけないと思ってネット予約して行ったのだが、これはほんとに便利なシステムである。もっとも、館内はおよそ半分以下の観客だったわけだが(汗)

さて、肝心の映画だが、CGの自然な表現は、もう究極まで行ってしまったのではないかと思わせる見事な出来。巨大なドラゴンがずしんと着地する際の重量感、周囲に巻き起こる砂埃とそれに揺られる草木、動くドラゴンに合わせた地表の影、等々、まるで実写しているかのようだ。そのドラゴンの背に乗って空を駆けるシークエンスは、ファンタジー好きなら誰もが思い描く通りの爽快感に満ちている。このドラゴンの造形と飛行シーンだけでも、一見の価値はあると思う。

しかしながら、ストーリーはやたらと凡庸。ありがちなオープニングから始まって、シナリオ的なサプライズは一切無し。原作は読んでいないのだが、過去のファンタジー名作群からの寄せ集めみたいなこのストーリーが、どうしてベストセラーになってるんだか、皆目検討がつかない。とにかくぬるい、ぬる過ぎる。

どうやら例によって三部作になるらしいので、今回はその第一弾。従って、あちこちに伏線というか、未解決な事柄が提示されてはいるんだが、この調子であれば、それらがどうなるかもだいたい予想できるというものだ。

見ていて安心なのは間違いないので、過去の名作からの引用(つーかパクリ)をあれこれ想像しつつ、とりあえずは見事な映像技術を楽しむのが正解である。ドラゴン好きで、一度乗ってみたい方には、とりあえず控えめにオススメ(★★★)

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