引っ越しました

・・・と言っても事務所のことである。

あれこれと諸般の事情があって、事務所を移転することになった。今までいたところから、かなり駅に近いところに移ったのだが、なんというか、郊外の一軒家から都心のマンションに引っ越したような感覚かも。

片田舎の零細企業ゆえ、事務所の移転なんぞを経験したことがあるのは、僕が前の会社でやったことがある程度で、他は誰も何もわからないという状況。仕方ないので、新事務所の寸法入り見取り図をもらって、自分で一からレイアウトの検討をしたのだが、これがなかなか大変だった。広い場所から狭い場所に移ったので、什器備品類をなんとか押し込むように、あれこれプランを作成したのだが、そのたびに社長や他の社員からダメ出しされ、ストレス溜まりまくり。でも、なんとかレイアウトを完成させ、ほぼプラン通りに配置された時には、思わずガッツポーズである(笑)

その他にも、電気・ガス・水道・新聞・郵便・電話・etc、etc。一番心配したのはネット環境だったのだが、こちらも無事に開通。取引先への周知はこれからだが、主要なところには事前に通知してあるので、恐らく問題無し。業界的には相変わらず不景気ゆえ、事務所を移転するなんていうと、あらぬ波風を立てかねないのだが、そのあたりも今のところは大丈夫そうではある。

前の事務所は、駅からは遠いものの、オフィス環境としてはかなり良好だったし、何よりずいぶんと長い期間いたので愛着もあって、そこを離れるのには一抹の寂しさを覚えたりするのだが、澱んだ水は濁るというし、新たな転機と前向きに捉えておこうと思っている。

それはともかく、段ボール運びは腰に来る(痛)

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システムダウン

会社のサーバがダウンした。

それだけでも充分困るのだが、さらに頭の痛いことに、バックアップ用のNASにも異常が発生していて、バックアップが確認されたデータの日付が、なんとひと月前(痛) 一体全体、どうしてこういう事態に陥ったのか、業者を呼びつけて対処させているのだが、いっこうにラチがあかない。

システム構築jを任せたそのマイナー業者は、他のメジャー候補をやや強引に退けて、僕が主体となって選定した業者だけに、今回のトラブルで僕の面目は丸潰れである。

悩んだ挙げ句に採用したシステムが機能しなかったり、期待して先発に抜擢した選手がダメダメだったりした時の監督の気持ちって、こんな感じなのかな・・・と、ちょっと思ったりもした。

あー、アタマ痛っ。

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研修旅行

某取引先が、外注各社を集めて行う一泊研修会に、今年も参加してきた。

会場兼宿泊場所が河口湖畔だったので、電車で出かけた僕は、大月から富士急・フジサン特急に乗って終点の河口湖駅へ。

fujikyu

行きも帰りも平日の日中とあって、車内はガラガラ。途中、いくつかの駅から高校生の一団が乗り込んできて、富士急ハイランドで下車していったが、あんなふうに気軽に行けるような、パスのようなものでもあるのだろうか。

二日間、退屈な時間もあったが、思いの外ためになる話も聞けた。毎年、面倒くさいなぁと思いはするものの、こういうのは、参加してみないと何があるか分からない。

泊まった翌朝、時間があったので湖畔を散歩しつつ、MP3プレーヤーで吉松隆「朱鷺によせる哀歌」(入れっぱなしにしてある)を聴いてみた。なんだか胸が痛くなってきた。

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魔のルータ

「ルーター」と「ルータ」、どちらも同じ意味で、恐らくblogなんかでは「ルーター」と表記したほうがスマートなような気がするが、いちおう業界人(?)の端くれとして、語尾を伸ばさない表記で統一しようと思ったりしている。

というのは本題ではなくて、このところ挙動不審だった事務所のルータが、とうとう無期限スト(懐かしい響きだ)に突入しちまいやがった。

事務所内ネットワークの設定は、以前うちの会社にいた技術屋がやったのだが、彼はもう退職して、いない。残されたマニュアルを見ながら、あれこれ修復を試みたのだが、しょせんは素人の付け焼き刃、治るはずもない。

にっちもさっちもいかなくなったので、今は他社に勤めているその元社員に連絡を取り、無理を承知で修復作業をお願いしたところ、快く引き受けてくれた。

当然のことながら、自分の仕事が済んでから、ということで、ウチには夜7時過ぎに到着。あちこちいじってみると、やはりルータそのものが怪しいらしい。このルータ、他の事業所とVPNを構築できるようにと、結構高級なモデルを導入したのだが、使えなくては意味がない。こちらのトラブルシュートは今後の課題として、応急処置で、安価なルータに置き換えることにした。

閉店間際の電器店に駆け込み、ルータとケーブルを買って、作業再開。あーでもない、こーでもないと作業してもらった結果、夜11時過ぎにようやく復旧。感謝感激である。

というわけで、今日一日、ほとんどネットに接続できない環境で過ごしたわけだが、この不便さたるや尋常ではない。もちろん、朝から晩までネット経由で何かしているというのではなく、「返事のメール書こうっと」とか、「えーと、あの商品って、どこが扱ってたっけ?」とか、そういう即時性が大事なのであって、思い立った時にネットにつなげないというが、実にストレスフルであるということだ。

なんにしても、治って良かった。さ、明日からバリバリ仕事するぞ!←嘘つけ

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タカラ社長交代

こんな記事を見かけた。
@nifty:NEWS@nifty:タカラ社長に奥出信行氏、創業家以外で初(読売新聞)
社長交代は4月1日だそうなので、現時点での社長は、創業家の佐藤慶太氏(47)である。

以前、「社長という人生」(杉山隆男、新潮社)という本を読んだのだが、そこで取り上げられた6人の社長のうちの一人が、この佐藤慶太だった。

おもちゃの名門・タカラの、創業家の次男として生まれた彼は、社長を務めていた実兄との確執(と言われている)から、いったんはタカラを退社・独立する。その後、業績不振に陥ったタカラから請われる形で、今度はタカラの社長として復帰。直後、「ベイブレード」や「イーカラ」、「バウリンガル」といったヒットを連発し、タカラの救世主となる・・・といった、一種のサクセスストーリーが、本人のインタビューを中心に紹介されているのが、上記「社長という人生」の彼の箇所である。

タカラの救世主だったはずの彼が、いつしか業績を悪化させてしまい、資本参加を受けたコナミの圧力等もあって、自ら身を引く。本を読んだ印象では、佐藤慶太という人は、きっとこのままタカラを復活させていくのだろうと思ったのだが、さにあらず。経営というか、世の中には「絶対」はあり得ないのだなぁ。

「社長という人生」の佐藤慶太の稿は、聞き手とのこんなやりとりで結ばれている。

聞き手「じゃあ、お子さんの部屋にはおもちゃがいっぱい」
佐藤「ありますね、特にバンダイさんのものが」

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ISO定期審査

ISO9001の定期審査があった。

ISO9001そのものは、1998年に取得しているのだが、一昨年、2000年度版というのに移行し、今回で3回目の定期審査である。

ISO9000シリーズについては、昨今、「実はあまり品質向上に役立っていないのではないか」という、極めて正しい指摘が出始めたりしているので、各認証機関も、やたらと態度が軟化しているらしい。

もっとも、トヨタだのソニーだのという巨大企業は、彼らがルールそのものに等しかったりするので、「ISOなんかいらねーよ、けっ」とか、簡単に言えちゃうのだろう。

一方、我々中小のメーカーにとっては、ISO9000シリーズの認証を取得していると、対外的に、それだけでランク付けがアップする可能性があるので、まあ、それほど無駄にはなっていないと思う。それに、規定類の整理だとか、文書の管理だとかは、ISOに取り組むまでは悲惨な状況だったわけで、それらがきちんとしたことだけでも、取得した意味はあったと信じている。

いずれそのうち、「ISO9000を持ってる? だから、なに?」とか言われる時代が来るかもしれないが、それまでは、認証取得に費やした費用が回収できるよう、しっかりと運用し続けたいものだ。要は、使い方次第、ということである。

今回の定期審査も、若干の「改善の機会」のコメントをもらっただけで、無事に終了。

以上、仕事の話であった。つまらなくてゴメン。

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愚痴

仕事の愚痴を書くので、興味の無い方は、以下を無視して戴きたい。

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某取引先の依頼により、ある製品を開発した。なかなか良いものが出来そうだったので、開発費用はいらないから、うちの社でも売らせて欲しいと伝え、いったんは合意を得た。それが、先方のトップの、突然の方針転換とかで、開発費は払うから、その製品はうちで販売してはいけないと言う。

それを発端に、今まで友好状態だった同社との関係が、次々に綻び出してしまった。「あれはいけない、これはだめ」、「おたくは開発・製造だけしてくれればいい」うんぬんかんぬん。

この製品群が使われる分野は、まさにこれからの成長が期待できるので、大小様々な会社が、自分の陣地を確保しようとしているところだ。我々も、小さくてもいいから、今後に備えた橋頭堡を確保したいと思っていたわけだが、その出鼻をくじかれた格好である。

先方にしてみれば、我々が彼らの技術やノウハウを得て、いつかは独立の旗を翻すのではないかと恐れて、機先を制したということらしい。しかしこれは、圧政を敷くことで、かえって反抗・独立の機運を醸成させてしまう行為に他ならない。まったく、「歴史に学ぶ」というのは、こういうことを言うのだろうな、と思う←やや大げさ

こういう圧力に、唯々諾々と従うようでは、我々の明日は無い。いつの日か、銃を手に立ち上がる時のために、今は雌伏の時を耐え忍ぼう。

ささやかながら、これは自分の決意表明である。忘れることのないよう、ここに書き記すことにした。

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死地においては、則ち戦え(孫子)

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