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「男たちの大和」~正統派カドカワ映画(え?)

男たちの大和/YAMATO」(佐藤純彌監督、2月1日、丸の内TOEI1)

正月映画落ち穂拾いシリーズその2(笑) カドカワ映画で戦争モノとなっては、これはもう劇場の大画面で観るしかあるまい、ということでお出かけ。なんせ映画の日だし。

えーと、以下、ネタバレというか、内容に触れるので、その旨一応お断りしておく。気にする人はいないと思うけどさ。
 
 
 
いやー、しかし困ったな・・・というのが見終わっての感想だった。素材、俳優、演出(音楽、CG含む)それぞれに、良い部分と悪い部分が同居していて、どうにも落ち着きの悪い感じである。

まず、リアルスケール(だよな?)の大和甲板だが、これはさすがに素晴らしい。それに連なる艦橋や機銃銃座も良くできてるんだが、片側側面からしか写してくれないので、肝心の戦闘場面でのスケールが小さくなってしまう。訓練中の体操シーンや、特攻直前の訓辞を聞くシーンなどで、セットの大きさを生かしたショットがあるだけに、戦闘シーンにもワンカットでもロングショットが欲しかった。

俳優陣もおおむね良好。特に反町隆史が良かった。ある意味、彼もパターン化された存在ではあるのだが、姿勢そのものや、立ち居振る舞いの品の良さなどは、周囲とは別格な感じがして、大いに見直した。ま、演技はフツーだけどね(笑)

良く分からないのは、例えば長島一茂で、気の利いた台詞の多い、なかなかオイシイ役なんだが、彼の大和での階級や位置づけが映画で説明されないので、「(先陣となって散る、)本望じゃないか」なんていう決め台詞が、どうにも浮いてしまっている。司令官役に渡哲也を引っ張り出したのだから、あの役に一茂は、さすがに荷が重かったと思う。

分からないといえば、現代パートの鈴木京香も、大和乗員(下士官)の生き残りの娘にしては、ちょっと若すぎるのではないか。また、大和沈没地点に行きたいというのはいいとして、記念の日の前日に、突然枕崎にやって来て「船を出してください」ってのはないだろう。

久石譲の音楽は、悲壮美をたたえた雄大なもの・・・はいいんだが、どうにも使い方がぱっとしない。それと、エンディングの長渕剛は、ちょっとカンベンしてくれ、って感じ。

しかし、最大の弱点は、基本シナリオにあると思う。劇中、あたかも仲代達也の回想みたいな感じで話が進むのだが、そうなると、多視点での描き方そのものがちょっとオカシイことになる。(回想だったら、フツー視点は単一)

とまあ、こんな感じで、悪くはなかったのだが、物足りない部分も多々。泣かせどころももちろん多いのだが、「はい、ここで泣いてください」といった感じの演出では、どうにも居心地が悪い。これだけの材料と資金でこのデキじゃ、さすがにもったいない。

収穫といえば、結局のところ派手なドンパチを大画面と大音響で味わえたことぐらいか。カドカワ映画は、やはり映画館で観てこそ、鑑賞に耐えうるということが、個人的には証明された。

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