« 存在の耐えられない重さ | トップページ | vs.アルビレックス(J1第34節)~神の配慮 »

「吾輩は猫である」

「吾輩は猫である」(夏目漱石全集 1)読了。

学生時代に読んで以来の再読であるから、再読というよりは、ほとんど初読状態。内容はほとんど完璧に忘れていた。もっとも、「内容」とは言っても、猫が飼い主であるところの苦沙弥先生と、彼の珍妙な友人達が、ぐだぐだと浮世話を繰り広げるだけだから、そりゃ覚えてるわけがない←開き直り

一種の滑稽本に、漱石独自の社会や文明、そして同時代の人間への批判が散りばめられており、読んでる分にはすこぶる面白いのだが、まるでページが進まないのには参った。なんとかかんとか、ようやく読み終えたといった印象である。

全編に横溢する批判精神(というか、オヤジの愚痴)の中で、面白かったのはたとえばこんな箇所:

寝てもおれ、覚めてもおれ、このおれが至るところにつけまわっているから、人間の行為言動が人工的にコセつくばかり、自分で窮屈になるばかり、世の中が苦しくなるばかり、ちょうど見合をする若い男女の心持ちで朝から晩までくらさなければならない。(中略)今の人はどうしたら己れの利になるか、損になるかと寝ても醒めても考えつづけだから、勢探偵泥棒と同じく自覚心が強くならざるを得ない。

はて、我々は明治の頃の「近代人」から、果たして少しは進歩したのであろうか?

|

« 存在の耐えられない重さ | トップページ | vs.アルビレックス(J1第34節)~神の配慮 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15752/7437947

この記事へのトラックバック一覧です: 「吾輩は猫である」:

« 存在の耐えられない重さ | トップページ | vs.アルビレックス(J1第34節)~神の配慮 »