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「明暗」

夏目漱石「明暗」(ちくま文庫版夏目漱石全集 9所収)を読んだ。

周知のごとく、漱石最後にして未完の小説であるが、これが完成していれば、恐らくは「こころ」と並んで、漱石畢生の大作ということになったであろう。

それにしてもものすごい分量で、絶筆となった箇所まででも、文庫版でおよそ600ページある。話の流れから考えても、まだ全体構想の七、八割といった感じだから、恐らくは800から1,000ページぐらいの大著になっていたと思われる。

大作ではあるものの、登場人物は少数なうえ、基本的な設定は、かなり地味である。ストーリーも、大した起伏があるわけではないし、そもそも事件らしい事件は、前半の主人公の入院と、後半の温泉療養場面ぐらいしかない。

それでは、何が「明暗」を大作たらしめているのかというと、饒舌ながらも、そのひと言ひと言に意味を持たせた、恐ろしいまでに克明な心理描写にある。その象徴たる場面が、前半、主人公・津田の入院先で、津田の妻・お延と、津田の妹・お秀の三人によって繰り広げられる、凄まじい言葉のやりとりであろう。自らのひと言に意味を持たせ、相手の反応を伺い、さらに次なる台詞を考える・・・心の奥底で、お互いが暗い火花を散らし合うようなこの部分は、さながらドストエフスキーの小説世界を彷彿とさせる。

エゴイズムというのは、結局のところ、「自分を中心にして、世界を構築しようとすること」なのかもしれない。周囲の人間の、ほんのひと言、ちょっとした仕草。そういったものが、「自分の気に入るかどうか」が、究極のエゴイストの判断基準なのだろう。そんなエゴイスト達の繰り広げる「百鬼夜行」(文庫本の帯より)が、「明暗」では描かれている。

小説として、まさにこれから後半のクライマックスを迎えようとしているところで、この小説は終わってしまった。しかし、果たして漱石に、この小説の結末は見えていたのだろうか? もしかしたら、死ぬまでひたすら完成させずに、「明暗」を書き続けていたかったのかもしれない。

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コメント

そうですね<死ぬまでひたすら完成させずに。
こういう題材は書き尽くそうったって、書き尽くせるものではないのかもしれませんね。

投稿: kiku | 2005.04.24 23:23

kikuさん、コメントありがとうございます。
場面毎の描き込みの執拗さなんか、執念というか業(ごう)みたいなものを感じますよね。ただ、小説としては、恐らくkikuさんの予測が正解っぽいですよね。

投稿: yuji | 2005.04.24 23:56

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