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「行人」

夏目漱石「行人」(ちくま文庫版全集第7巻所収)を読んだ。

前作の「彼岸過迄」と、次作の「こころ」と共に、後期三部作と呼ばれる本作品だが、文庫本で約420頁という分量にちょっと驚く。

作品は四部構成になっていて、それぞれ「友達」「兄」「帰ってから」「塵労」と題されている。

冒頭の「友達」を読む限りでは、語り手の二郎をめぐる物語に思えるのだが、実際は二郎の兄、一郎が小説の中心人物であり、二郎はその観察者である。

「友達」では、二郎の友人・三沢の入院生活と共に、三沢の過去のエピソードなどが描かれるのだが、一部は物語後半に影響を及ぼすものの、ほとんどはこの章だけの話である。(もちろん、無駄ではないが) 漱石自身の大病の後でもあって、病院模様を書きたかったということなのかもしれない。

従って、小説としては、「兄」以降の三編構成として見たほうが、すっきりする。語り手が関心の対象(ここでは一郎)と直接接する期間を経て、二郎の転居により一郎と距離を置く時期があって、最後に一郎の友人・Hさんからの手紙よって、一郎の様子が伝えられるという構成は、ほぼ「こころ」と同じである。

一郎という人物は、知性と教養ある、大学の講師ではあるが、恐ろしく神経質な人間でもある。彼自身は、決してエゴイスティックな振る舞いをするわけではないが、「自我」についての意識があまりに鋭敏なため、自分の妻を心から愛し、信用することができない。(弟に、自分の妻の貞操を試させようとさえする) 妻のみならず、世間一般、あるいは自分自身に対してさえ、違和感を意識し続けているのだ。懊悩の挙げ句に、Hさん相手に、こんな告白をする:

「死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教に入るか。僕の前途にはこの三つのものしかない」

漱石のこれまでの作品では、登場人物が何らかの背徳(友人の恋人を奪う、というような)を為したうえで、エゴイズムの問題に思い悩むわけだが、一郎の場合は、彼の言葉を借りれば、「人間全体の不安を、自分一人に集めて、そのまた不安を、一刻一分の短時間に煮つめた恐ろしさを経験している」のだ。

作品全体として見ると、思わせぶりな展開のわりには、ほとんど事件らしい事件も起こらないし、Hさんの手紙による終章でも、それが何かの解決になっているわけでないのが、やや物足りない。しかし、描かれるいくつもの小エピソードはそれぞれ面白く読めたし、Hさんの手紙による一郎の心情の開示も、一種の謎解き的な面白さに満ちている。読みでのある名品ではあろう。

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コメント

初めまして。
ただいま「明暗」を読んでいます。
じきに読み終えるので、次何にしようと考えていたのですが、「行人」懐かしいなー。
ちなみに「虞美人草」が好きでした。

投稿: kiku | 2004.12.18 18:43

kikuさん、コメント&トラックバック(ドイツ戦の)ありがとうございます。
今年になって、ふと思い立って、漱石を読んでいます。全集の順番に読んでいるので、次は第8巻(「こころ」、他)の予定。その次が「明暗」です。kikuさんが読み終えたら、感想聞かせてくださいね。

投稿: yuji | 2004.12.18 23:30

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