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2004年7月

ネッラズーリの言い訳

物好きにもインテルのオフィシャルサイト(英語版)を見てみたら、昨日(もう一昨日か)の試合に関して、こんな文章が。

SAITAMA - Inter were beaten 1-0 by Urawa Red Diamonds in the 2004 Saitama City Cup. The winning goal came after a dubious penalty decision when referee Nishimura pointed to the spot after a contact between Toldo and Emerson. The Brazilian striker converted the resulting penalty in the 51st minute.

The Nerazzurri had more chances than their Japanese opponents and were denied on four occasions due to some debatable offside decisions.

「決勝点は、ニシムラ主審の疑わしい判定によるPK」、「ネッラズーリは対戦相手より多くのチャンスを得たが、そのうちの4度は、微妙なオフサイドの判定によって失われた」

ほ~、そうですか、そうきますか。シュート数が浦和の半分以下だったりしたことには一切触れず、すべては審判のジャッジのせいだ、と。

君たち、そういうのを、日本では「負け犬の遠吠え」と言うんだよ。

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vs.インテル

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レッズ 1-0 インテル

赤猫さんところの記事で、今回の「ダブルブッキング事件」を知って以来、別の意味で関心のある試合だったが、某所より招待券なんぞを手に入れてしまったので、生観戦と相成った。

公式発表では、実に57,663人の観衆を集めた今日の試合、えーと、日本中のインテリスタが100人ぐらい(概算)いて、後は全部レッズサポーターだった←偏向報道の典型

さて、肝心の試合だが、インテルはとにかくセーフティー・ファースト。「しっかり守って、あわよくばカウンターで一点。あとはそのままでいいや」という方針がはっきり。だいたい、ゴールキックにしろ、GKが持ったボールにしろ、前線へフィードするということを一切せず、判で押したように、近くのDFに預けるという具合。「親善試合だから、無理しないよ~」とばかりに、プレッシャーもゆるく、とにかくヌルいムードで試合が進む。

ここでレッズの悪い癖が出て、ずるずると相手に合わせて、スローペースの試合運びをしてしまう。何回かチャンスがあったので、ここで一つでも決めていれば、試合が面白くなっただろうにと思うと、やはり残念である。

後半、エメが強引なドリブルをしかけ、PKをゲット。これを本人が決めて、そのまま決勝点となってしまった。

インテルに関して言えば、即製チームなのがバレバレな連係の無さであった。ただ、DF陣の能力の高さはさすがで、抜けそうで抜けなかったり、わずかのタイミングで、ちゃんと足が出たり、ま、サテライトクラスとはいえ、インテルだけのことはある。

さすがといえば、レコバは別格だった。レッズがマーカーを付けなかったこともあるが、やや引き気味にポジションを取って、常にフリーでボールを受けては、ある時はドリブルで突っかけ、ある時は鋭いスルーパスを出し、といった具合に、サービス満点であった。CKも常に精度が高く、誰かが触れば、そのままゴールインしそうなコースに毎回蹴ってくる。試合終盤、ゴール正面の位置でFKのチャンスがあって、レッズサポーターまでもが彼の芸術に期待しちゃったりしたのだが、満場の注目を浴びたキックは、ゴールの遙か上を飛んで行ってしまった。

しつこいようだが、ダブルブッキングのゴタゴタによる急造イレブンを相手にして、おまけに新監督のマンチーニはTIM杯とやらでミラノ・デビューしなくちゃいけないとかで来日しなかったわけで、どうせならチンチンにして、ミラノに帰れなくしてやりたいところだったが、冷静に今のレッズの実力を考えると、まずまず順当な結果だったと思う。

とはいえ、レッズが世界のビッグクラブに勝ったという事実は残る。ざまーみろ>ネッラズーリ

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vs.豪州(U-23)

日本 0-1 豪州

闘莉王の怒り具合と、松木の騒ぎ声だけが印象に残る試合だった。どうでもいいが、今後松木は副音声に回してもらえないか>テレ朝 松木&セルジオのダブル解説に、角澤&船越(日テレよりレンタル)のダブル実況なんかだったりしたら、それなりにウケると思うのだが←無理

さて、暑さのせいだかなんだか、どうにも動きが鈍い日本に対し、決してスピードがあるわけではないが、フィジカルの強さを武器に、ガツガツと潰しにくる豪州。どちらにも、それほど目立ったチャンスがないまま、前半が終わり、さらに同じようなテンションの低さで、後半も過ぎていった。結局、終盤に1点取られた後は、特に見せ場もなくホイッスル。

思うに、今回のテンションの低さは、まずは代表メンバーが固定してしまったことからくる、一種の安堵感によるのではなかろうか。なんせ、3月の最終予選から、つい先々週まで、過酷ともいえるレギュラー争いをしていたわけだから、このあたりで気分的に一息ついてしまうのは、仕方ないところだと思う。

そういう意味では、ここで負けたのは、チームに取っては良かったのかもしれない。「最終メンバーに残れた」→「自分は評価されている」→「選び抜かれた自分たちは、(何もしなくても)強いはずだ」といった安易な過信に陥らないためにも。

小野が合流するのであれば、今回の豪州戦あたりから見てみたかったなぁ。

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「初恋のきた道」

録画してあった「初恋のきた道」を観た。

「きれい」な映画だった、と思う。現代をモノクロ、回想シーンをカラーで描くという手法に、なるほどと思い、その回想シーンの美しさに引き込まれた。農村の風景、色彩溢れる自然、ぽつんと建つ村の学校、食事の支度でわき上がる湯気・・・

ケチをつけようと思えば、いくらでもつけられるだろう。しかしこれは、あくまで「回想」の物語なのだ。当事者の記憶の中で、過去が美化されていることを、誰が批判できよう?

恋愛映画のようでありながら、二人はキスや抱擁はおろか、手さえ握らない。二人が同じ画面に収まるシーンさえ、ごくわずかだ。でも、きっと恋って、そんなものなのかもしれない。遠くから姿を眺めたり、教科書を朗読する声に聞き入ったり、本人が食べるかどうか分からない弁当を、一所懸命つくったり。それできっと、毎日が充実したものになったのだ。

そして全てはチャン・ツィイーのかわいらしさによって免罪される(笑) 着ぶくれした彼女が、美しい風景の中をとっとこ走る姿に、僕は理由無く感動させられた。

***************

追記 この記事を、どっかにトラックバックしようかなと思って、ココログルで検索してみたら、ココログユーザーの半数ぐらい(概算)が感想をアップしてたので、どこに送っていいか分からず、断念した。あ、でも、こういう時は、ココログのカテゴリに送られるから、それでいいのか。

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vs.タイ

日本 4-1 タイ

な、なんなんだ、この思い切りアウェイな雰囲気は(汗) NHK-BSのアナウンサーによれば、「どの試合でも、観客はランキングが低いチームを応援してる」(つまりは、判官贔屓ですね)と解説していたが、それが「君が代」斉唱時のブーイングの説明になるんだろうか? 「反日」は勝手にやってもらっていいけど、国歌ぐらいには、敬意を払ってもらいたいもんである。ぷんぷん。

前半、いきなりタイが先制。日本DF4人を置き去りにしての、豪快なシュートで、これは天晴れであった。それにしても、誰もチェックに行かないってのは、どういうことなんだろう。コンディションのせいか、はたまた暑さでボーっとしてたのか。

その後すぐに、俊輔のビューティフルなFKで同点にしたものの、だらだらとした雰囲気は変わらず、そのまま前半が終わってしまった。前半終了間際には、ほとんど寝てましたね、僕は。

後半から、玉田、田中に代わって、小笠原、本山が入り、4バックに変更。これは大正解で、中盤でのボールの動きが格段に良くなり、それに伴って、チャンスも増えてきた。引いた相手に対しては、相手がマークしきれない後方の選手の攻撃が有効とばかりに、福西、中澤×2と得点して、危なげなく4-1で終了。お疲れさまでした。

オマーン戦では、選手達のコンディションの悪さみたいなものがしきりに言われていて、今日の試合でも、前半だけ見ると、それを引きずってる感じだったのだが、後半は見違えるように動きが良くなった。ってことは、「試合の入り方」みたいなメンタル面の問題なのか、はたまたボランチのゲームメーク力の弱さなのか。(たぶん両方)

今日に限って言えば、ジーコの采配はほめられていい。後半開始から選手を代える、思い切りの良さが光った。こういうことをされると、ジーコが延命してしまうので、本当は困ったことなんだが(笑)

今日の勝利で、決勝トーナメント進出が決まったわけだが、この状況下でのイラン戦、どんなメンバーで戦うのか、興味のあるところだ。

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伝説の偉大さ

前回、クライバーに関する駄文をものしたうえ、調子に乗ってCLASSICAさんのblogにトラックバック送ったら、直後から、ものすごいアクセスの嵐に見舞われた。いや、実はちょっとうれしかったりするんだが(照)

それにしても、通常の5倍近いアクセス数ってのはすごい。クライバーという伝説の偉大さと、CLASSICAさんのところの人気度(あるいは知名度)の高さを実感した次第である。

面白いのは、アクセス解析を見る限りでは、「クライバー」で検索してここへ来た人が、ほとんどいないことである。繰り返しになるが、前回のエントリ以後、アクセスのほとんどが、CLASSICAさん経由だってことだ。

blog、そしてトラックバックという機能は、奥深い。もしかしたら我々は、まったく新しい「チカラ」を手にしつつあるのかもしれない。

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「それから」

それから」(ちくま文庫版全集第5巻所収)読了。

いわゆる三部作の第二編。登場人物や設定に継続性はないが、その精神において、「三四郎」の続編ということである。

「三四郎」での人物造形の秀逸さには感心したが、本作でも、その巧みさが光る。主人公の代助を始め、友人・平岡夫妻、代助の父と兄夫婦、書生の門野、等々、どのキャラクターも、実に彫りが深い。

代助は、小説で言うところの「高等遊民」だが、今で言えば、ただのスネかじりのプータロー。そのプータローが、一軒家に住んで下女を使うのみならず、書生まで置いているのだから、豪儀なものである。三十路を過ぎても、働かず、結婚もせず、暢気な日々を送っているわけだが、もちろん、当人には当人なりの言い分がある。旧友にして、社会に出てから何かと苦労している平岡君とのこんな会話:

「そんな事を云って威張ったって、今に降参するだけだよ」
「無論食うに困るようになれば、いつでも降参するさ。しかし今日に不自由のないものが、何を苦しんで劣等な経験を嘗めるものか。印度人が外套を着て、冬の来た時の用心をすると同じことだもの」

・・・良く言うぜ、まったく。

さて、高等なる遊民な日々を送っていた代助であるが、ある日、大阪へ転勤していた平岡とその妻が、職を失って帰京したところから、物語が始まる。

(以下、ネタバレである。今更気にする人はいないと思うが、念の為)

しょっちゅう持ち込まれる縁談に対して、まるで無関心だった代助だが、父と兄の事業に関連する、まさに政略結婚的な意味合いを持った縁談が持ち込まれるに至って、ようやく自己の欲求(本当は誰が好きなのか)を自問し始める。問題は、そこで頭に浮かぶのが、友人・平岡の妻、三千代だということだ。

ここにおいて、代助は選択を迫られる。「親の決めた結婚相手を受け入れ、その後も親がかりで高等遊民の日々を送る」べきか、あるいは「自分の気持ちに従って、友人の妻である三千代を奪い、親からも離れ、自分が今まで否定していた"劣等な生活"に甘んじる」べきか。

近代人というのは、自我の認識をもって「近代人」と自らを定義するわけだが、では、その「自我」とは結局なんなのか? 自ら選択していたはずの、高等遊民の日々は、つまりは親の経済的な庇護のもとでの「自立ごっこ」に過ぎず、ようやく本当の「自我」に思い至った主人公の取る行動が、結局は他人の妻を奪うという、エゴイズムの発露に過ぎないという皮肉。

「近代だ、自我だ」と浮かれ騒いでいた(かもしれない)明治の知識人にとって、「それから」で描かれる物語は、さぞかし胸に刺さるものがあったであろう。

ところでこれ、僕は確か中学3年か高校1年の頃に読んだ記憶があるのだが、きちんと理解していたとは到底思えない。いわゆる「名作」は、確かに思春期に読んでおくべきではあるが、やはりより深くそれらを楽しめる年齢というのがあると、この歳にして、そう思う。

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シロウト的クライバーの思い出

カルロス・クライバーが亡くなった。

あちこちで記事が書かれているようだが、とりあえずCLASSICAさんのところに、トラックバックが集まっているようだ。

僕自身は、彼の熱烈なファンというわけではないのだが、やはりアルバムは何種か持っている。ベートーヴェンの4、5、7番、シューベルトの3、8番、ブラームスの4番、「魔弾の射手」、「椿姫」といったあたり。

この連休中、たまたま実家へ行ったのだが、その際に、置きっぱなしにしてあるCDを少し整理した。ベートーヴェンの交響曲のCDを並べ直した時、当然のことながら、クライバーのディスクにも手を触れた。その翌日に彼の訃報に接した・・・なんていう偶然は、結構良く起こることなのだろう。

所有しているディスクで思い出深いのは、「魔弾の射手」だ。狼谷の不気味な描写力は圧巻だったが、後年、実際の舞台(演奏は全然別人。当然ながら)に接した際に、クライバーの演奏を聴いて、思い浮かべたイメージ通りの舞台演出だったのが、印象に残っている。(もしかしたら、誰が演出しても、ああなるのかもしれない。贔屓の引き倒しってやつか・笑)

今後、クラヲタ達は、二種類に分かれる。「ナマクライバーに接したもの」とそうでないものに。

追記 1988年の来日公演(ラ・ボエーム)、時間もお金も根性も無かった僕は、結局演奏会には行けなかった。しかし、当時プチバブル状態だった僕の父は、普段はクラシックなぞ見向きもしないくせに、その時はどういうコネからか高価なチケットを入手し、演奏会に出かけていった。カネとコネは、人生の全てではないが、少なくとも多くの場面で、人生を助けてくれることを、僕は学んだ。不条理ではあるが。

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「三四郎」

「三四郎」(ちくま文庫版全集第5巻所収)読了。

進学のため、田舎から東京に出てきた純朴な学生、小川三四郎君の初恋物語である。以上。

・・・ではない、もちろん。

「虞美人草」あたりと比べると、登場人物の造形が、格段に良くなっている。いわゆる「キャラ立ち抜群」ってやつでしょうか(違) 三四郎君の純情さや鈍感さ、あれこれぐじぐじと思い悩む姿なんか、誰でも多少は共感できる部分があるんじゃなかろうか。

何事にも達観している広田先生とか、景気よくそこら中に迷惑をかけて回る佐々木与次郎君とか、三四郎の憧れの対象にして、妙に博識の美禰子(「ころもへん」ではなく、「しめすへん」。漢字が出ない)さんとか、それぞれの描き分けがうまい。

そう大した事件が起きるわけでもないのだが、上京したての一学生が、次々に新しい事物・人間・思想に出会い、淡い恋をしてそれを失うという物語は、つまりはビルドゥングス・ロマンということなのだろう。

いつの世の学生達にも、深い共感をもって読まれる・・・かなぁ。ケータイとゲームとバイトの日々を送っているように見える今の学生が、この本を読んでどんな感想を持つのか、少々興味があるような、ないような。

余談だが、本作の冒頭、三四郎が列車で上京してくる場面で、食べ終えた弁当やらなにやら、ゴミをほいほい車窓から投げ捨てるシーンが出てくる。当時は当然のことだったんだろうが、今読むと、非常に不快である。時代の変化は、いろんなところに現れる。

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「ボレロ」聴き比べ

ラヴェル月間」であるので、「ボレロ」の聴き比べなんぞやってみた。

現在僕が所有している録音は、以下の5種。気がつけばこんなにあったのね、って感じである。

アバド/ロンドン交響楽団
・マゼール/フランス国立管弦楽団
シャイー/コンセルトヘボウ管弦楽団
マルティノン/パリ管弦楽団
クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団

マゼールのみ、リンクが貼ってないが、これは実家にあったソニーの「クラシック全集」みたいなのに入っていた一枚。たぶん、この録音と同じだと思う。

今回聴き直してみた中で、一番面白かったのは、なんとシャイーであった。各ソロプレーヤーも巧いし、終盤の盛り上げと開放感は、他の録音を上回ると思う。

次点はアバドかな。これはなんせ録音がいい。ただ、最後の全強奏で、楽団員のものとされる「うぉー」という雄叫びが入っているのが、やはり気になる。新譜で出た際の宣伝記事では、「演奏の興奮から、自然発生的に声が出たもの」とかなんとか書いてあったような記憶があるが、いやー、いくらなんでもそれはないっしょ(笑)

クリュイタンスは、やはり名演奏ではあるが、僕の持ってるCDが廉価版のせいか、どうにも音が痩せていて、シャイーやアバドと比べると、分が悪い。でも、微妙なテンポのゆらぎ具合とか、ラストの危なっかしさとか、まさに名人芸の部類であろう。

マルティノンの演奏は、とにかくオーソドックスというか、スタンダード。悪くはない。

上記に比して、マゼールは面白くもなんともない。リズムは正確、ソロは上手、録音もまずまずなんだが、まぁ、それだけである。「BOLERO」によると、ウィーンフィルとの演奏は、ちょっと面白いらしい。気になるなぁ。

上記の他、ボレロを生演奏で一度だけ聴いている。確かムーティー/フィラデルフィア(シカゴか? 思い出せん)の、90年頃の来日コンサートだったと思うが、あの演奏は良かった。この曲の前半が、いかにソロ奏者と小太鼓にストレスを与えるか(笑)、よーく伝わる演奏だったと記憶している。オーケストラと一緒に、ハラハラしながら聴くのも、この曲の楽しみ方かもしれない。

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「うそつきロボット」と「われはロボット」

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アシモフの「うそつきロボット」と「われはロボット」を続けて読んだ。

原著「I, Robot」の全訳が「われはロボット」で、その抄訳というか、ジュブナイル版が、岩崎書店「冒険ファンタジー名作選」中の一巻、「うそつきロボット」である。

「うそつきロボット」(旧版では「くるったロボット」)は、実に30数年ぶりぐらいの再読。当然、ストーリーは全て忘れている・・・と思っていたのだが、「スピーディー」の話だけは、ぼんやりと覚えていた記憶と同じだった。小学生の頃の読書体験ってのは、なかなかに強烈である。

「われはロボット」のほうは、恥ずかしながら今回が初読である。しかし、アシモフの世界観といい、その独特の文章といい、この歳で読んだからこそ、味わえるものがあるのかもしれない。

小説では、20世紀末には人類はかなり高度なロボットを手に入れているが、現実はそれに追いついていない。HAL9000が1992年には生まれなかったように。

それでも、この小説は我々に「もしかしたら、ありうる未来の姿」を見せてくれる。だからこそ、ジュブナイル版の価値があると思うのだ。今さらではあるが、岩崎書店の英断に拍手を送りたい。(残りの復刊も、是非よろしく!)

で、そのジュブナイル版の「うそつきロボット」だが、底本から4作を収録。訳者が同じ小尾芙佐さんということもあって、とても読みやすく、面白い。4話目に至っては、抄訳というよりは、ほとんど翻案だが、原作のエッセンスを、うまく置き換えていると思う。

ついでだが、「川原泉の本棚」では、初っぱなに「われはロボット」から「ロビイ」が紹介されている。この、SFへの興味が、やがて「ブレーメンⅡ」へとつながっていったのだろうか。

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「42nd Street」

42nd Street」を観てきた。(7月9日、於オーチャードホール)

たまたま友人に誘われたのだが、題名くらいは知っていたものの、それ以外の予備知識は何も無し。どうなることかと、ちょっと心配していたのだが、いやはや、これはとにかく楽しめた。

ストーリーは単純明快、呆れるほど分かりやすいシンデレラ・ストーリーなんだが、この「分かりやすさ」が、やはりアメリカン・エンターテインメントの真骨頂だろう。

この作品の最大の見せ場は、宣伝通りタップダンス。全編を通じてタップが出てくるのだが、圧巻なのは冒頭のオーディションシーンと、クライマックスのひな壇を使ったシーンだろう。ソロのタップも聞き応え(見応え)があるが、やはりタップの醍醐味は、グループにあると思った。40人(もっといたかな?)が揃ってハイテンポのタップを踊る場面は、とにかく大迫力で、観客も皆、それぞれのやり方でリズムを取りながら、楽しんでいたように思う。

ひたすら分かりやすいストーリー、耳に心地よい音楽、迫力のタップダンス、セクシー&ゴージャスな衣装と舞台・・・浮世離れとはこのことだろう。

夢見心地で過ごした二時間半であったわけだが、はて、日を置いて考えてみると、今のこの日本で、「42nd Street」を高いお金を払って観ることに、どういう意味があるのやら。妙に居心地の悪い思いがするのは、なぜだろう?

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夏ゴルフ

平日だというのに、ゴルフへ行ってきた。

以前通っていたセミナーで知り合った、同年代の仲間がいるのだが、そのうちの一人が名門・茨城ゴルフ倶楽部のメンバーさんなので、今回はそちらへ同伴させてもらった。

東と西、計36ホールのコースだが、今回は西コースでプレー。メンバーさんに付き合わされ、バックティーで回ったのだが、なんせどのホールも距離があり、かつグリーン回りが巧妙に作られているため、とにかく手こずった。まあでも、プレーヤーのハンデに応じて楽しめる(苦しめられる)という意味では、やはり名コースと言えるのだろう。でまあ、例によって例のごとく、51、51の102と、締まらないスコアとなってしまった。

今回は8時のスタートだったのだが、空いていたこともあり、前も後ろも見えず、貸し切り状態での気持ちよいプレーとなった。10時過ぎにはハーフが終わってしまったので、昼食は取らずに、ちょっと時間調整の休憩だけして、そのまま後半。1時過ぎにワンラウンド終わったのだが、そこでメンバーさんが悪魔のひと言。「もうハーフやってく?」  「暑いから、やめときましょうよ」と僕が言おうとするより早く、他の二人が「いいね~、せっかくだし、やろうやろう」と声を揃えた。まったく、何が「せっかく」なんだか。

かくして35度になんなんとする猛暑の中、ゴルフというよりは、サバイバルレースの如きハーフに挑んだのだが、結局全員総崩れ。だからオラ、いやだって言ったのによぉ。

それはともかく、気の合う仲間と言いたい放題のゴルフは、実に楽しかった。仕事なんかやってらんねーよな←こら

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岩槻「まつもと」

埼玉県は岩槻市の、和風牛肉料理店「まつもと」へ行って来た。

一品目、いきなり霜降りの牛刺しと、牛のタタキの盛り合わせが出された。牛刺しはワサビ醤油、タタキはポン酢で食べたが、これがうまい! いきなり天国である。

その後の順番は良く覚えていないが(笑)、巨大にして超美味の岩牡蛎、大トロ顔負けの牛刺しのにぎり、甘みが嬉しい桜鯛の刺身、しゃきしゃきにフレッシュな野菜サラダに、エキスたっぷりのオニオンスープと続いた。

締めは牛肉の最高部位「シャトーブリアン」のステーキなのだが、厚めに切った肉を、ややミディアムに焼き上げ、ホイップバターを溶かしたところに、なんとワサビを付けて食べるのだが、これがもう・・・(以下、描写不可)  このステーキには、当然のようにライスがついてくるのだが、このご飯がまたおいしい。聞けば、県の特別栽培農産物指定を受けた、低農薬米なんだそうだ。

すっかり満腹したところへ、完熟メロンのデザート。コーヒーは流行りの泡コーヒーではなく、ちゃんとドリップしたトアルコトラジャと、まさに最後まで桃源郷であった。

岩槻近郊の方はもちろん、牛肉好きな方なら、一度は出かける価値のある店だと断言できる。

今回は、仕事関係のさる知人に誘われて出かけたのだが、なんとすっかりご馳走になってしまった。ありがたいやら申し訳ないやらであるが、とりあえずご馳走様でした>Iさん

あ~、食べ過ぎた。

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ラヴェル月間

ドビュッシー月間に続いて、ラヴェル月間に突入である。

昨日も実家へ行ったついでに、ラヴェルのCDを探して持ってきたりしたのだが、改めて見てみると、ヴァイオリン・ソナタの同じ演奏が、3種の違うディスクに入っていたり、なかなか面倒なことになっている。要するに、ラヴェルの場合、作曲家本人としての括りは当然として、やれ「印象派」だったり、「フランス音楽」だったり、あるいは単に「名演集」だったりと、いろんなカテゴリーで使い回しがしやすいってことだろうか。いわゆるユーティリティー・プレイヤーだな←違うって

さて、これからの聴き散らかしと平行して、ラヴェル関連のいろんなサイトを巡ってみようと思っているのだが、とりあえず、こんなところがある。

まず、こちらだが、ここはドビュッシーの時も取り上げた、「暗愚楽CD博物館」内のページである。こちらもドビュッシー同様、通好みというか、渋めのディスク選択で、勉強になる。

最近見つけたのが、こちらの「Kenichi Yamagishi's web site」である。トップページから、Classical Musicのリンクを追って行くと、きちんと作曲家別に整理されたページに辿り着く。クラシック・ファンが自分のコレクションを中心にホームページを作成するとした時の、これは一つの理想型ではなかろうか。画像が無いのがちょっと寂しいが、これは無い物ねだりか。ラヴェルに限らず、とても参考になる。

あと、いつもお世話様のCLASSICAさんのLinksから知った、「BOLERO」という、まさにタイトル通り、「ボレロ」ばかり200枚以上のディスクを収集・紹介しているサイト。いい意味での「マニア」の神髄と言えるかも。素晴らしい。

夏らしく、楽しくお気楽に、いろいろと聴いてみたいもんである。

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「仕事で遊ぶ社員が会社を強くする」

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杉山定久「仕事で遊ぶ社員が会社を強くする」を読んだ。

著者が社長を務める南富士産業(株)は、製材業として著者の父親が創業、以来、屋根・外壁工事から住宅建設、そして(特に中国からの)輸入製品販売と、事業の幅を広げてきた会社だそうだ。特徴的なのは、現社長が社員を巻き込み、「面白そう」をキーワードに、新しい事業に取り組んできたことだろう。

「人」を大切に、大勢の「人」と会い、「人」づくりに専心し、常に「種まき」を忘れない。「投資」と捉えるには、あまりにピュアな感性が、そこにはある。決して目新しいことが書いてあるわけではないが、曇りのない著者の姿勢は、とても清々しくて、それだけでも見習いたくなる。

ちょっぴり元気を与えてくれる一冊である。

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検索ワードランキング(6月度)

6月度の検索ワードランキングは、以下の通り:

第一位 「ヴェルディー」
第二位 「少林サッカー」
第三位 「秋吉敏子」

4月度のように、特定ワード(「草枕」とか)に検索が集中したこともなく、ランキングといっても、みな僅差である。

しかし、第一位の「ヴェルディー」だが、どうしてこれが検索対象になるのであろう? そもそもここは、看板こそ掲げていないものの、いちおうレッズサポblogだったりするわけで、緑虫サポが見に来てしまったら、たぶん不愉快だと思うんだが。どうしようもないけど(汗)

ちなみに、旧読売クラブは、「ヴェルディー」じゃなくて「ヴェルディ」らしい。以後、気を付けますです。

・・・ここまで書いて気がついたが、もしかして、「ヴェルディー」での検索って、ジュゼッペさんのほうかしらん? あ、こっちも「ヴェルディ」が正解らしい。(参照:日本ヴェルディ協会) いずれにせよ、今後は「ヴェルディ」で表記を統一しようと思う。

さて、第二位の「少林サッカー」だが、うーん、これも全然旬な話題とは思えないし・・・ 一種の「カルト・ムービー」化してるということだろうか。良くわからん。

で、第三位の「秋吉敏子」さんだが、これはずばり旬である。(過去記事「秋吉敏子」参照のこと)  ここの記事が、一人でも秋吉敏子の音楽を聴くきっかけになるなら、僕としては望外の幸せである。

それから、先月まで不動のベストスリーだった「髭剃り」だが、6月度もしぶとく四位であった。

ところで、30日になって突然増えた検索ワードが、「堀江貴文」である。なんたって、例の近鉄買収の話題があったりしたもんだからだと思うが、やはりネットの即時性というのはスゴイなぁ、と妙に感心してしまった。もっとも、例によって、ここの記事は世間一般的には何の役にも立たないので、読んじゃった人は、ごめんなさい。

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